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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)3056号 判決 1980年10月23日

控訴人(第三〇五六号)・附帯被控訴人

東京都

右代表者東京都知事

鈴木俊一

右指定代理人

木藤静夫

外三名

控訴人(第三〇六七号)・附帯被控訴人

右代表者法務大臣

奥野誠亮

右指定代理人

石川達紘

牧野巌

被控訴人・附帯控訴人

前田久徳

被控訴人・附帯控訴人

前田ぎん子

被控訴人・附帯控訴人

宮川橋一

被控訴人

宮川フク

右四名訴訟代理人

梶谷玄

外五名

主文

一  本件附帯控訴に基き、原判決主文第一項中被控訴人前田久徳、同前田ぎん子、同宮川橋一に関する部分を次のとおり変更する。

控訴人らは各自、被控訴人前田久徳に対し金一七七二万九一二五円及び内金一六一二万九一二五円につき昭和四七年七月一二日から、内金一六〇万円につき昭和五四年七月一九日から各支払済まで年五分の割合による金員を、同前田ぎん子に対し金一七六五万六〇五一円及び内金一六〇五万六〇五一円につき昭和四七年七月一二日から、内金一六〇万円につき昭和五四年七月一九日から各支払済まで年五分の割合による金員を、同宮川橋一に対し金三九三三万二九四二円及び内金三五五三万二九四二円につき昭和四七年七月一二日から、内金三八〇万円につき昭和五四年七月一九日から各支払済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  控訴人らの本件各控訴を棄却する。

三  当審訴訟費用は控訴人らの負担とする。

四  原判決主文第四項を次のとおり変更する。

この判決は、仮に執行することができる。但し、控訴人らが各自、被控訴人前田久徳及び同前田ぎん子に対し各金九〇〇万円、同宮川橋一に対し金二〇〇〇万円、同宮川フクに対し金四〇万円の各担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実《省略》

理由

当裁判所は、控訴人両名は各自被控訴人らに対し本件事故に基く損害賠償の義務があり、被控訴人らの被つた損害額は被控訴人ら各主張の金額を下らないから、右各金員及びこれに対する本件事故発生後の被控訴人ら各主張の日から各支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求(当審請求拡張分を含む。)は、すべてこれを認容すべきものと判断するが、その理由は、次に付加訂正するほか、原判決理由一ないし七(但し、控訴人らに関しない部分を除く。)記載のとおりであるから、これを引用する。

一原判決三一枚目表末行「同安西省一および同奥村国男」を「同安斎省一、原審及び当審証人奥村国男、当審証人松永正隆」に改め、裏二行目末尾に「当審証人蒔田隆、同岡田雄三、同中村三郎の各証言も右認定を左右しない。」を加え、八行目「および」から九行目「監督の下に」までを「の指揮・監督の下に(連合国軍の指令は主として旧軍将校により伝達され、旧軍将校等が後記作業に立会い、作業員の日当も旧軍から支払われた。)」に改め、三二枚目表一〇行目「投棄された」の次に「ものもすくなくなかつた(新島駐屯の旧軍装備の砲弾類が武装解除の一環として海中投棄されたことは当事者間に争いがない。)」を、裏二行目「四四年」の次に「六月二九日」を、四行目「昭和」の次に「四一年あるいは」を、七行目「もあつた」の次に「(本件事故発生までに砲弾類が幾度か同海岸に打ち上げられたことは当事者間に争いがない。)」をそれぞれ加え、末行「安西」を「安斎」に改め、三三枚目表二行目「であるところ」の次に「(同海岸が海水浴場として島民等にひろく利用されていることは当事者間に争いがない。)」を加える。

二三五枚目裏末尾に「控訴人らは、本件砲弾類は高熱の持続・人力を超える衝撃等極めて特別の条件下におかれない限り爆発の危険がない旨主張し、当審証人蒔田隆、同岡田雄三の証言によれば、自衛隊の使用するTNT火薬を用いた砲弾による実験例として、弾体をハンマーで外側から叩いても爆発しなかつた例、焚火中に砲弾を投じてから四〇分ないし六〇分の経過により、あるいは弾の外側が摂氏五〇〇度に達してから数分ないし十数分後、弾薬箱の表面温度が摂氏三〇〇度に達してから一〇分ないし二〇分後に爆発した例があることが認められるが、<証拠>によれば、旧軍が主として砲弾に使用した炸薬は、発火点摂氏三〇九度ないし三二〇度位のピクリン酸火薬であつて、TNT火薬に比し発火点が著しく低いこと、<証拠>によれば、旧軍の砲弾が焚火に投ぜられ、あるいは中学生が手でいじくる程度の衝撃を受けて爆発した例がいくつか存したことがそれぞれ認められるので、前示実験例をもつて控訴人らの右主張を裏付け、前記認定判断を左右しうるものではない。本件事故にかかる砲弾がいかなる性質・由来のものか直接確定すべき証拠はないが、以上の事実関係からすれば、第二次大戦中新島駐屯の旧軍が装備していた砲弾であつて、右海中投棄後前浜海岸に打ち上げられたものの一つであると推認するのが相当である。」を加える。

三三六枚目表四行目から裏五行目「被告国」までを次のとおりに改める。

「国がすくなくとも昭和二七年四月二八日平和条約発効時以降本件砲弾類の所有者であることは、被控訴人らと国との間において争いがない。そして、既に述べた事実からすれば、本件事故当時、本件砲弾類のうちすくなからぬ量のものが海水浴場等一般の利用に供されている前浜海岸に打ち上げられ、遊泳・遊歩その他の種々の目的のため同海岸(海浜地)を利用する一般の者に対し、前記のような条件下において爆発してその生命身体等に危害を及ぼす虞があつたものといわなければならない。

前述の海中投棄当時の本件砲弾類の所有者・投棄行為の主体が連合国であるか国(旧軍)であるかはしばらくおき、右投棄が連合国軍の命令により実施され、国(旧軍)はその実施につき異を唱える余地はなかつたにしても、本件砲弾類がもともと国(旧軍)の装備にかかるものであり、その海中投棄にも旧軍将校らが関与しているのであるから、国としては、本件事故当時前浜海岸近くの海域にかなりの数量の砲弾類が所在することを認識し、そして、かかる場所にある砲弾類が天候・海流等の影響により遠からぬ前浜海岸に打ち上げられることがあることも当然予見し、すくなくとも予見すべき事項に属し、また右砲弾類は昭和二〇年当時爆発性ある物件であつたから、海中投棄後の時日の経過により爆発の危険が消滅すると速断することは到底許されるところではない。

さきに述べたとおり、本件事故前大量の本件砲弾類が前浜海岸に近い海底に存在し、かつ、しばしば同海岸に打ち上げられていたのであるが、<証拠>によれば、本件砲弾類が同海岸付近海底に存することは船上からも容易に見ることができたこと、昭和四一年六月二八日には台風四号が新島を襲い、風や波浪の影響で同海岸に大量の本件砲弾類が打ち上げられ、警視庁新島警察署次長奥村国男らは、危険を認めて警察官等において可能な範囲で同海岸の砲弾類を回収して同警察署内に保管し、さらにその処理につき防衛庁技術研究本部新島試験場長、同業務班長等に相談をもちかけたところ、同年八月二五日に来島した陸上自衛隊第一師団長や同将校らが警察において保管中の砲弾を持ち去つたほか、同年九月には陸上自衛隊の弾薬処理班員らも来島して同海岸等(海中・海底を含まない。)を捜索し、警察において保管中の砲弾類とともに同月二〇日海上自衛隊の艦船に積込んで持去つたことが認められる(前記奥村証言中、昭和四二年とあるのは同四一年の記憶違いと認める。)。以上の事実によれば、本件事故前において、国の機関であり、しかも、職務上爆発物の処理に関連を有する防衛庁(自衛隊法附則一四項)の職員において本件砲弾類が同海岸付近に存し、かつ、同海岸に打ち上げられることを認識していたものということができる。

かような危険物の所有者たる国は、その所在・他人への危険性等につき認識し、あるいは、認識すべき場合、特段の事情のない限り、後記の物品管理法一七条を待つまでもなく、叙上の一般私人に対し、危険の発生を防止するに足りる有効適切な手段を講ずべき法律上の義務を負うものといわなければならない。ところで、本件砲弾類は、当時国が公の用に供していたものと認めるに足りる証拠はないので、以上の義務は公権力の行使に伴うものでなく、私法上の義務の性質をもつ。

そして、本件砲弾類の所在・爆発の危険性や前浜海岸の一般利用状況等に照らすときは、その所有者たる控訴人国」同末行「至るまでの間」の次に「海中の」を、三七枚目表初行「放置していたこと」の次に「(しかも、立入禁止等の措置も講じなかつたこと―以下便宜この点を含めて「回収懈怠」という場合もある。)」をそれぞれ加え、末行「被告国は」から三八枚目表三行目までを次のとおりに改める。

「物品管理法の施行前はともかく、その施行された昭和三二年一月一〇日以降にあつては、国の所有する砲弾類は、同法二条一項により同法の「物品」であるから、同法七条によりその所管する同法二条三項にいう各省各庁の長においてこれを管理(同法一条により保管・処分等を含む。以下同じ。)すべきものである。国の所有する物品が無価値であることは、同法の適用を妨げるものではない。本件砲弾類が右省庁のいずれの所管に属するかは証拠上必ずしも明らかにされていないが、同法にいう物品が各省各庁のいずれの所管に属するかは各省の設置法その他各庁設置の基本たる法規ないしこれに基く政令等に明記されなければならないものではなく、法令上明らかでない場合は、当該物品の性質・所在その他の事情により決せられ、なお疑義あるときは関係省庁間の協議等によつて定められることを妨げず、かような行政事務の所管庁が存在しない旨の国の主張は、内閣の統轄下における国家行政組織の一体性の原則に照らしても採用しえない。それ故、総理府設置法三条五号は「他の行政機関の所掌に属しない行政事務」を総理府の権限と定めているが、この場合物品管理法七条にいう管理機関は内閣総理大臣となる。しかも、すくなくとも平和条約発効の昭和二七年四月二八日以降海上保安庁長官が海中の砲弾類につき処分権限を有したことは、最高裁昭和三八年五月一〇日判決にも示されたところであつて、その後現実の管理をしないまま時日が経過したこと等によつて、所管省庁が存しなくなつたことはありえない。したがつて、本件事故当時物品管理法二条三項にいう各省各庁のうち一つの長が本件砲弾類を管理する権限・義務を有したことは否定しえない。この場合、たとえ、右所管省庁の長が本件事故当時本件砲弾類の所在・危険性の認識をもたなかつたとしても、国の所有物の管理者としての右危険防止義務が否定されるものではない。

また、国は、本件砲弾類を前浜海岸付近から完全に除去する方法がないから、かかる義務はないかに主張するが、本件事故後自衛隊が実施した捜索及び掃海により、前浜海岸及び付近海域に存在する砲弾類の箇数、ひいては、同海岸に打ち上げられる砲弾類の箇数が減少したことは弁論の全趣旨により明らかである。してみると、かかる作業の実施により、同海岸における爆発による人の死傷の危険の蓋然性は減少させうるのであり、この措置が危険を皆無にするものでないことを前提として危険防止の義務がないかにいう国の主張は採用の限りでない。国は、さらに、かかる作為義務につき法令上の根拠がない等の理由(当審追加にかかる国の主張、事実二4の末段①②④⑤)を挙げて、不作為の違法及びこれに基く責任のないことを主張するが、かかる主張は独自の見解であつて採用しない。

したがつて、国の機関である所管省庁の長は、物品管理法に基く義務の執行につき、右砲弾類の回収を懈怠する等の過失をおかした結果、本件事故を惹起せしめたものといわなければならない。」

三八枚目裏五行目「いうべきである。」の次に「もとより、砲弾を焚火に投じたうえ他人にその所在を教えて暖をとらせる行為は常軌を逸し、かつ、違法である。国は、砲弾が焚火に投ぜられて長時間放置され(高熱に長時間さらされ)はじめて爆発の危険があるとしてその異常性を強調するが、仮に、本件事故がかかる条件下で発生したとしても、長時間の火中放置は、砲弾を焚火に投ずる行為にさらに希少性を付加するものとはいえない。また、国は、本件事故にかかる砲弾を焚火に投じた中学生らが事理を弁識する能力をそなえ、本件事故の発生を防止することができ、かつ、防止すべき責任主体であることを理由に右因果関係の存在を争うが、叙上のように、砲弾の放置が人の死傷につながる爆発事故を惹起すること必ずしも希有といえない関係にあつたのであるから、本件事故がかかる中学生らの行為なしに起りえなかつたとしても、これらの者との過失の競合による不法行為が成立し、砲弾類の回収懈怠と本件事故との相当因果関係を否定しえない。」を加え、九行目「七〇九条所定の不法行為」を「七一五条一項本文」に改め、末行「いうべきである」の次に「(被控訴人らの主張に徴し、控訴人国に対し民法七一五条一項本文に基く責任を認めることは弁論主義に反しない。)」を加える。

四三九枚目表七行目末尾に「警察官職務執行法四条一項に基き」を、裏五行目「奥村国男」の次に「(原審・当審)」を、四〇枚目表初行「昭和」の次に「四一年あるいは」を、それぞれ加え、四一枚目表五行目、四二枚目表四行目、九行目、裏六行目及び末行「および」をいずれも「を含む」に改め、同表八行目の次に次のとおり加える。

「都は、掃海等によつても本件砲弾類を前浜海岸近くから完全に除去することはできないのであるから、回収の方法による危険除去の義務はないと主張するが、この主張が採用しえないことは、さきに国の同旨主張につき説示したとおりである。また、都は、警察は砲弾類を回収する技術的能力を欠き、第三者に依頼する場合も同様であると主張するが、自ら回収する能力の有無はともかく、これを防衛庁に要請するときは、同庁はこれを処分する権限(防衛庁設置法五条一七号、自衛隊法九九条、附則一四項)・能力を有し、しかも、本件事故後現実に回収等の措置をとり、この種事故防止に役立つたことはさきに判示したとおりである。よつて、これら主張は採用しない。

五四六枚目裏六、七行目「健康な男子の平均余命が56.87年である」を「男子の平均余命が五九年を下らない」に、七行目及び四七枚目表二行目「六三歳」をいずれも「六七歳」に、四行目「新ホフマン式計算方法により」を「民法所定利率年五分の割合による」に、六行目から裏初行までを「労働者の昭和五三年賃金構造基本統計調査報告(賃金センサス)のうちパートタイム労働者を除く労働者の年齢階級別、産業計、企業規模計、旧大・新大卒の男子労働者の給与額(年間賞与その他の特別給与額を含む。)を用いて、国徳の死亡による逸失利益の現価を算出すると、ホフマン方式による本件事故時の現価、ライプニッツ方式により本判決時の現価を算出したうえ、昭和四七年七月一二日から本判決時までの単利年五分の中間利息を控除した額は、いずれも被控訴人久徳、同ぎん子の主張する金二六四一万二一〇四円を下らないことが明らかである。」に、七、八行目「六四四万三七八七円」を「一三二〇万六〇五二円」にそれぞれ改める。

六四九枚目表五行目「認められる。」の次に「さらに、被控訴人久徳は、本件控訴の提起があつたので、右弁護士らに当審の訴訟手続の遂行を委任したことが記録上明らかであり、弁論の全趣旨によれば、当審弁護士費用として右弁護士らに金一六〇万円の支払を約していると認めることができる。」を加える。

七四九枚目裏六、七行目「八五万円」を「二四五万円」に改める。

八五〇枚目表五行目「一ないし四」の次に「、甲第三六号証」を加え、裏初行「昭和」から五行目「しかし」までを「昭和五四年六月現在、国学院大学経済学部四年に在学中であることが認められ、右事実、ことに、傷害の程度・入通院の経過からすれば、被控訴人橋一は、本件事故にあわなかつた場合に比しすくなくとも一年遅れて昭和五五年三月大学を卒業したものとみることができ、本件事故により昭和五四年四月以降一年の収入相当額を失うとともに、昭和五五年四月以降においては」に、七行目から五一枚目裏三行目までを「そこで、さきに国徳につきなしたと同様の方法・資料によつて本件事故による被控訴人橋一の逸失利益、すなわち、昭和五四年四月(満二三歳)から一年分の現金給与相当額及び昭和五五年四月(満二四歳)から満六七歳までのその六割相当額につき一時請求額を算出すれば、被控訴人橋一の主張する金三〇六三万二九四二円を下らないことが明らかである。」に、五二枚目表二行目「平均余命である52.07年」を「平均余命まで」にそれぞれ改め、三行目「含めて」の次に「すくなくとも」を、五行目「別表二記載」の次に「(但し、欄外注記2を除く。)」をそれぞれ加え、六行目「昭和四九年度」から一〇行目までを「金四万四六〇〇円は、弁論の全趣旨により被控訴人フクにおいて負担したものと認めることができるので、これを」に、裏二行目「負担する分」を「負担分」に、「一九万一〇七四円」を「一九万一〇八二円」にそれぞれ改め、五三枚目表五行目「一九〇万円を」の次に「、また当審弁護士費用金三八〇万円をそれぞれ」を加える。

九五三枚目裏一、二行目「同原告」から四行目「蓋然性が高い」までを「同被控訴人の義眼代のうち金四万四六〇〇円を負担した」に改め、末行から五四枚目表初行「原告橋一の親権者としての立場から、」を削る。

一〇五六枚目表五行目の次に次のとおり加える。

「6 以上のとおり、被控訴人らが本件事故による国徳の死亡、被控訴人橋一の受傷によつて被つた損害の額は、いずれもその主張する金額を下らないものということができる。」

よつて、本件附帯控訴に基いて前記趣旨にしたがい、原判決中被控訴人久徳、同ぎん子、同橋一と控訴人らに関する部分を変更し、控訴人らの本件各控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条を、仮執行及びその免脱の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(杉山克彦 倉田卓次 高山晨)

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